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「常識」や「平均値」をライフプランに求めて、あなたは「常識人」や「平均的な人」になりたいのですか?

「常識」や「平均値」をライフプランに求めて、あなたは「常識人」や「平均的な人」になりたいのですか?

人間はなのか?それとも日本人はなのか?その辺のことは専門家ではないので分かりませんが、とにかく他人の噂話や他人との比較、そして、他人の目を気にしがちな人が多いようで、それがいろいろな弊害をもたらしているようです。

自分は自分だと割り切ることは必要ですが、他人に迷惑を掛けてはいけない。これはルールと言うかマナー。他人に迷惑を掛けて自分だけが良ければそれで良いと行動してしまえば、コミュニケーションが取れない。

が、あまりにも他人の目を気にし過ぎて、にっちもさっちもいかないとなれば、最終的に降り掛かってくるのは自分自身であってストレスが溜まるだけでしょうから、精神衛生上よろしくない。

ライフプランだって誰が言ったのか知りませんが、訳のわからない「常識」的なことが言われています。
年収1000万円なければ、普通に暮らしていけないだとか、老後のための貯蓄は3000万円が必要だとか……誰が決めたんでしょうかね?

背伸びをした生活をしていれば、背伸びをした分だけ疲れるし費用もかかる。身分相応の暮らしというモノがあるわけで、それは人それぞれの価値観によるものです。

よく考えてみて下さい。
老人がお金を使わないから、若い人にお金が回らなくなるだとか言われていますが、その一方で、老人の生活貧困が叫ばれています。
「老人」という括りで考えれば、おかしな話です。「老人=金持ち」という図式と「老人=貧困」という図式が成り立つのですから。
ようは、お金を持っている方々には、使い切れないほどのお金が集まり、お金の足りない人には全くお金が寄らないと言うだけ。
そこに「老人」というワードを当てはめるから矛盾が生じてしまうだけ。

他人の目を気にしても、良いことなどあまりありません。他人の目を気にすれば、毎月10万円をくれるのならば考えても良いですが、1円にもならないことをしても非生産的。
生産性のないことをしても、何の進歩もありません。

あなたの家計も同じこと。
平均がどうであれ、関係ありません。平均値を知ることが悪いことではありませんが、無理をして平均値に近づけても、得るものは非常に少ないでしょう。

「常識」だとか「平均値」だとか、根拠の薄いモノに振り回されるよりも、家庭に笑顔があったほうがよほどよくありませんか?

あなたが求めている「常識」や「平均値」の先に、家族の笑顔は存在していますか?

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